健康診断の結果が出てくると毎年かならず気になる言葉は「メタボ」
「メタボ検診」で薬を飲まされる人が一気に増えた。
2000年に、厚生省(現・厚生労働省)が、「健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)」というプロジェクトをスタートさせました。
「生活習慣病を予防するために生活習慣を改善しましょう」という運動です。みんなが生活習慣を改善して健康になれば、増大していく医療費を抑えることができるだろう、というわけです
昭和30年代には、がんや脳卒中、心臓病などは、働き盛りの人たちに多い疾患であり、加齢と共にそのリスクが高まるとして、「成人病」と呼ばれていました。
しかし、近年になって成人病は長年の生活習慣が大きく影響していることが判明し、さらに、生活習慣の激変によって、成人していない子どもも糖尿病を発症するケースが増えてきました。
このため、1997年ごろから、「加齢によってかかるのではなく、生活習慣の改善によって予防できる疾患」として「成人病」の呼び方を「生活習慣病」へと置き換えるようになり、その呼び方が定着してきました。
そんな流れの中で登場したのが、いまではすっかりおなじみになった「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群・代謝症候群)」という病名と「メタボ検診(特定健診・特定保健指導)」でした。
メタボリックシンドロームは、それ自体、命にかかわるものではありません。内臓脂肪をため込むことで、高血糖、脂質異常、高血圧が引き起こされ、それらが重複した場合に命にかかわる病気を招くことになります。
つまり、深刻な事態になる前に食生活や運動習慣などの日常生活を改善すれば、いろいろな病気を予防できるというわけです。
そして厚生労働省は、2008年4月から、40歳から74歳までの公的医療保険加入者全員を対象としたメタボ検診をスタートさせました。
特定健康診査(いわゆるメタボ健診)・特定保健指導
現在、高齢化の急速な進展に伴い、疾病全体に占めるがん、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病等の生活習慣病の割合が増加傾向です。また、死亡原因でも生活習慣病が約6割を占めている状況です。
また、生活習慣病の発症前の段階であるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)が強く疑われる者と予備群と考えられる者を合わせた割合は、男女とも40歳以上では高く、男性では2人に1人、女性では5人に1人の割合に達しております。
このような中で、国民の、生涯にわたって生活の質の維持・向上のために、糖尿病、高血圧症、脂質異常症等の発症、あるいは重症化や合併症への進行の予防に重点を置いた取組が重要と考えます。
厚生省「生活習慣病予防にお役立てください」より抜粋
でも、このメタボ検診が問題だったのです。
メタボ検診では、ウエスト周囲径が、男性なら85㎝以上、女性なら90㎝以上の人を「要注意」とみなすのです。
「健康日本21」が定めたメタボ検診の本来の目的は、「その段階で栄養士や看護師が、栄養指導や生活指導をしっかり行なうことで、予備群の人たちがほんとうの病気にならないようにすること」でした。
そのために、メタボ率が下がらないときにはペナルティー(保険料負担額のアップ)が課されることにもなり、自治体や健康保険組合も、専門家による栄養指導や生活指導に力を入れる方向性を打ち出しました。
実際、メタボ検診で「要経過観察」や「再検査」といった判定が出て、栄養指導や生活指導を受けたことがある人も多いはずです。
その発想自体は非常にいいものだったと思います。
なにしろ、検診で発見された予備群の人たちが、それを機会に自分の生活を見直すことで、健康的な食生活と運動の習慣を身につけてくれれば、高血糖、脂質異常、高血圧といった病気を防ぐことができ、薬を服用することもなく、健やかな日々を送れることになるのですから……。
だからこそ私も「これで高血糖や高血圧で薬を服用する人が大幅に減るに違いない」とおおいに期待していたのです。
ところが残念なことに結果はまったく逆になってしまいました。
メタボ検診が義務化されたのをきっかけに、薬を服用する患者さんが一気に増えていくことになってしまったのです。
数字のマジックで「病人」が激増する
なぜ、そんなことになったのでしょうか?
その理由のひとつに、メタボリックシンドロームの診断基準が「数値」として決められたことがあげられます。
数値が決められたことで、「数字のマジック」が生じることになったのです。
メタボ検診を実施するにあたっては、根拠なく「あなたはメタボです」と診断するわけにはいきませんから、まず一定の数値を決めることが必要でした。
ただし、その数値の決定にあたっては、前述したように、メタボ検診の本来の目的はあくまで予備群の発見にあり、その予備群を栄養指導や生活指導で健康体に戻すことでしたから、かなり幅をとることになりました。
つまり、注意を喚起しなければならない人を見逃さないようにするために、多少低い数値でも、「要経過観察」や「再検査」といった判定が出るように設定されてしまったのです。
その結果、メタボリックシンドロームの診断基準は次のように決められました。
腹囲(へそ周り)が男性で85㎝、女性で90㎝以上を「要注意」とし、その中で、
①脂質異常(中性脂肪値150㎎/dl以上、またはHDLコレステロール値40㎎/dl未満)
②高血圧(最高血圧130㎜Hg以上、または最低血圧85㎜Hg以上)
③高血糖(空腹時血糖値110㎎/dl)
上記の3項目のうち2つ以上を有する場合
そして、このように厳しく設定した数値が示されることで、それまで健康とされていた人が病人と診断されるケースが急増してしまったのです。
たとえば男性の場合、腹囲が85㎝以上で「要注意」とされ、血圧が130㎎Hg以上あれば「メタボ予備群」、さらに空腹時血糖値が110㎎/dlあれば、たちまち「メタボリックシンドローム」という〝病気〟だと診断されることになりました。
ある程度の年齢になれば、ほとんどの人はウエストまわりに肉がついてくるものです。
男性で85㎝を超える人は決して珍しくありません。
また、この腹囲は身長が高かろうが低かろうが関係なく適用されますが、大柄な人なら腹囲がある程度あっても不思議ではないはずですし、「腹囲の正しい測り方は、ヘソの高さで巻尺を水平に巻く」とされているものの、へその位置は人によってかなり違います。
それにもかかわらず、一律85㎝という数値が決められているのです。
さらにいえば問題となるのは内臓脂肪ですが、外からでは皮下脂肪か内蔵脂肪かもわかりません。
ところがメタボ検診がスタートして以降、腹囲85㎝超の男性と90㎝超の女性はとたんに〝不健康〟であるとされ、それに加えて、たとえば血圧が130~140を超えたりしようものなら、血圧の薬が処方されるようになってしまいました。
「メタボ予備群の場合、ダイエット(内臓脂肪減量)や、糖尿病・高脂血症・高血圧症などに対する積極的な治療により、メタボリックシンドロームの予防になり、生活習慣病のリスクを下げる」とされているので、すぐに「薬」となってしまいます。
そして、その瞬間から、薬と切っても切れない関係になってしまう……つまり、メタボリックシンドロームの診断基準が数字として決められた結果、患者数が急増し、医療費もますます増大していくことになってしまったわけです。それはまさに数字のマジックといってもいい現象でした。
薬で数値が下がったのは「治癒」ではない
何度も書いてきましたが、メタボ検診の本来の目的を考えれば、投薬に踏み切る前に、栄養指導や生活指導などがしっかり行なわれるべきで、実際、メタボ検診で、「要経過観察」や「再検査」と判定された人に対する有益な指導も実施されています。
ところが、看護師や栄養士がどんなに熱心に指導しても、大多数の人は、なかなか自分の健康と結びつけて考えることができず、ピンとこないことが多いようです。
たとえば、血圧が200を超えて倒れてしまい、救急車で運ばれるなどの特別な経験をした人は、「これはいけない。アルコールを控えなければ」などと生活習慣を改めようと努力するでしょう。
ところが、「メタボ予備群だから」と注意を促されても、自覚症状がないことがほとんどですから、いくら「しっかり生活習慣を改めましょう」と注意されても、なかなかそこまでの強い気持ちを持つことができない――つまり、自覚できないのです。
それでも、日本人は何かあれば、とりあえず病院にという意識が強いので、メタボ検診で「要経過観察」や「再検査」と判定された人の多くは、病院に足を運びます。そして、その段階ですぐに薬の服用を開始する人がかなりの数にのぼるのです。
病院での栄養指導や生活指導には、診療報酬点数がほとんどつきません。そのため、多くのお医者さんは、メタボ検診の結果を見ながら「生活習慣を改めてくださいね」とか、「毎日、歩くといいですよ」「少しやせないとまずいですよ」などと助言はするものの、「とりあえず、軽い薬を出して様子を見ましょう」と薬を処方してしまうのです。それは私たち薬剤師でも同じでした。
現場で、1人ひとりにきちんと薬の説明をしたり、日常生活で注意すべきことをお話ししたいと思っても、それでは大勢の患者さんを長時間待たせて、迷惑をかけることになってしまいますし、まして、お医者さんが処方した薬について、あれこれ言えるはずもありません。
白衣を着た薬剤師として患者さんの前に立つ限り、「こんなにたくさんの薬を一度に飲んでも大丈夫だろうか……」と不安に思いながらも、自分の思いとは裏腹に、「飲み忘れのないよう、しっかり飲んでください」と言わなければなりませんでした。
それに加えて、患者さん側の問題も浮き彫りになってきました。
薬を出してもらったことで安心してしまい、日常生活の見直しまでしてくれる人は、ほんとうに残念なことですが、極めて少数派なのです。
もし検診で、何らかの病気が発見され、すぐに治療が必要とされるほどの検査結果が出たのなら、薬を服用することも必要です。
でも、薬を飲むだけでは意味がありません。薬を飲んでとりあえず数値を下げつつ、根本的な治療を行なわなければ、健康を取り戻すことはできません。
とくに生活習慣病については、薬はあくまで補助的なものにすぎず、生活習慣を改めなければ、根本的な問題はまったく解消されません。
ところが、多くの人は、病院でもらった薬を飲んでさえいれば、必ず健康になれると思い込んでいるのです。まるで「病院教」「薬教」の信者そのものです。
その結果、生活習慣を見直して、薬を服用せずにすむ健康な人が増えるどころか、逆にメタボ検診をきっかけに、病院で薬を処方され、服用を開始する〝病人〟が急増していくことになってしまったのです。
しかも、薬は飲んでも生活習慣は変えないのですから、病状は悪い方向にジワジワと進行していきます。それなのにみんな「メタボ検診で引っかかっちゃった」と言って、軽い気持ちで薬を飲みはじめ、「数値が上がった、下がった」と一喜一憂しているのが現状なのです。
私はそれが残念でなりません。そこでしっかり考えてほしいと思います。
繰り返しますが、生活習慣病はその人の食生活をはじめとする生活習慣が原因で起きる病気です。たとえば、伝染病なら薬を服用して、病原菌をやっつければ治ります。でも、生活習慣病は、自分の生活習慣を見直して、いけない部分を改善しなければ、治ることはありません。
つまり、薬を服用して数値が下がったからといって健康になったわけではなく、危うい状況に〝ふた〟をしているだけのことなのです。
さらに問題なのは、最初は弱い薬で効果があってもそのうち効かなくなり、薬の量が増えたり、より強い薬を服用しなければならなくなる危険性が高いということです。
お医者さんから
「薬をもう1種類増やすと相乗効果でよく効きますよ」と言われて服用すると、確かに数値は下がります。
すると患者さんは
「ああ、2つ飲んだらよくなった」と喜びます。
しかしそうなると、言葉は悪いけれども、あなたはお医者さんにとって一生のお客さま……エンドレスの関係が続くことになってしまうのです。
(文=宇多川久美子「薬で病気は治らない (PHP文庫)」より抜粋」)
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